皆様こんにちは、森島菫です!
ショートストーリー第1回目は『アンティークショップ』。
夢を諦めかけた女性がふと見つけた、見覚えの無い店。そこにいた老人とのやり取りを通し、彼女は蓋をしていた情熱を思い出す──。
耳で聴きたい方は動画版もどうぞ!
森島菫『アンティークショップ』
何となく、気分が晴れなかった。原因は分かっている。私が一歩を踏み出せないままだからだ。
昔から、料理が好きだった。食材を刻む音。炒めた時の香り。メニューを一から考えたり、盛り付け方に凝ってみたりするのも楽しい。そうやって過ごしているうちに、ある日私は一枚の折り込みチラシを見た。
「あなたもシェフになってみませんか、かぁ……」
考えたことはある。料理が仕事になったらどんな感じなんだろう、と。
用事で外出した帰り道、ぼんやりと町のレストランを眺めた。窓の奥ではちょうど、店員さんが料理を提供しているところだった。ふいに、自分も料理を作る側になれたらというかつての憧れが顔を出す。
でも、やってみてもそんなに上手いこといくわけない。実は大したことなくて、すぐやめてしまうかもしれない。それに今の年齢からじゃ遅いかもしれない。そう思って、これまで応募をしたことは一度もなかった。
私はレストランから視線をそらす。そうしていつものように家へ向かい始めた、その時だ。見覚えのない店を見つけたのは。
「こんなところにアンティークショップなんてあったっけ」
この道はほぼ毎日通っているはずなのに、今日初めて目に止まったのが不思議だった。
「入ってみようかな」
好奇心が勝り、私は扉に手をかける。ぐっと引くと、綺麗な鈴の音が鳴った。
「いらっしゃいませ」
中にいたのは1人のおじいさん。白い髭が特徴的な、優しそうな人だ。店の内装も落ち着いた感じで素敵。ただ、おかしなことが1つある。
「あの、こちらのお店はアンティークショップなんですよね?商品はどちらに……?」
恐る恐る聞くと、おじいさんは柔らかな微笑みを残したまま告げた。
「ここは確かにアンティークショップですが、少々変わったやり方を採用しておりまして」
「は、はぁ」
「昔の思いが商品なのです」
「え?それはどういう」
おじいさんは私の質問には答えず、意味深な笑みを浮かべた。
「少し、心を覗かせていただきますね」
「え?」
何を言っているんだと困惑する一方、おじいさんは言う。
「……なるほど。あなた、シェフを夢見たことがありますか?」
「え……どうしてそれを」
今会ったばかりなのに。驚いて目を見開いた。
「今はシェフではないようですが、何か理由があるのでしょうか」
そう尋ねられて、私はぽつりと呟く。
「芽が出ないかもしれませんし、この年じゃ、遅いのかなと」
「そうですか」
おじいさんは落ち着いた口調で、さらに言葉を続けた。
「やるやらないはあなたの自由です。しかし私の目には、あなたの昔からの思いが見える。好きなことに挑戦してみたいという、純粋な思いが」
言われて、はっとさせられた。私、本当はやっぱりシェフになってみたい。それでいつか、自分のお店を開いてみたい。そんな心の声が、思った以上に素直に表れた。
「今からでも……遅くないですよね」
返事を求めているわけではなく、自分の背中を自分で押すための言葉。
「私、早速応募してきます」
躊躇いはなかった。
「あ、お会計って……」
店を出る前に鞄の中に手を延ばす。するとおじいさんは首を横に振った。
「お代は結構です。私はあなたから、素敵なものを見せていただきましたからね。シェフの夢、応援しています」
私はお礼を言って、店を出る。信号待ちのタイミングで改めて振り返ると、そのアンティークショップは跡形も無く消えていた。
「不思議なお店だったな」
いつもと変わらない、家への帰り道。しかし数分前とは打って変わり、胸の中には希望が溢れていた。
